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Monday, December 24, 2007

河童

 河童という水の中に住んでいる動物を知っていますか。この動物は本当にいるかどうか、わかりません。河童は背が低くて、1メートルぐらいしかありません。頭に皿があり、水が入っています。

 皿に水がある時は元気ですが、水がなくかった時には死んでしまいます。手や足にはアヒルのような水かきがあり、泳ぎが上手です。河童は皮膚の色がカメレオンのように、まわりの色と同じ色に変わります。例えば、草の中にいる時は草のような緑色に、岩の上にいる時は岩のような灰色に変わるのです。

 河童は日本人にとって身近な存在です。水泳が上手なこどもは河童のようだといいます。女の子の髪型には「おかっぱ」というのがあります。前髪を額のところで、ほかは耳の下のところで切りそろえたスタイルです。河童巻きというすしもあります。中にキュウリが入っています。河童はキュウリが大好物なのだそうです。ことわざには「河童の川流れ」と言うのがあります。これは名人もときどき失敗するという意味です。

 河童はとてもいたずらが好きだそうです。みなさんも川で泳ぐ時は河童に気をつけたほうがいいですよ。

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河童(かっぱ)

(みず)

(なか)

住んで(すんで)

動物(どうぶつ)

知って(しって)

動物(どうぶつ)

本当(ほんとう)

()

(あたま)

(さら)

(みず)

入って(はいって)

(とき)

元気(げんき)

()

(あし)

泳ぎ(およぎ)

上手(じょうず)

皮膚(ひふ)

(いろ)

同じ(おなじ)

変わります(かわります)

例えば(たとえば)

(くさ)

緑色(みどりいろ)

(いわ)

灰色(はいいろ)

変わる(かわる)

マンガ文化

 電車の中で楽しそうにマンガを読んでいる人、町で見かけるマンガ喫茶、そして読んでしまったマンガをリサイクルする古本屋など、マンガは現代の若者文化の一つと言ってもよさそうです。

 現在マンガは日本の出版物の約30パーセントを占めているそうです。発行部数の一番多い一般の週刊誌の発行部数の第一位はその4倍をこえるそうです。さらに海外でも日本のマンガ雑誌はのびていきそうな気配です。

 現在のマンガ・ブームは、1990年に出た「マンガ日本経済入門」から始まりました。今では。源氏物語や日本国憲法などいろいろな分野の本がマンガになって、本屋の店先に並んでいます。

 企業でも、イメージアップやPR効果をねらって、マンガを使ったパンフレットを出しています。また、マンガとは関係のなそうな大学でも、今では大学案内にマンガを取り入れるところが多くなってきました。

 「マンガばかり見るな。もっと活字を読め」という若者の活字ばなれを心配する声もありますが、マンガ人気はまだまだおさまりそうにありません。マンガの持つ見やすさ、簡潔さ、そしてわかりやすさは、日本だけでなく、世界各地でもあらたな読者層をつかんでいきそうです。

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読み方(よみかた、Cara Baca Kanji):

電車(でんしゃ)

(なか)

楽しそう(たのしそう)

読んで(よんで)

(ひと)

(まち)

見かける(みかける)

喫茶(きっさ)

読んで(よんで)

古本屋(ふるほんや)

現代(げんだい)

若者(わかもの)

文化(ぶんか)

一つ(ひとつ)

言って(いって)

現在(げんざい)

日本(にほん)

出版物(しゅっぱんぶつ)

(やく)

占めて(しめて)

発行(はっこう)

部数(ぶすう)

一番(いちばん)

多い(おおい)

一般(いっぱん)

週刊誌(しゅうかんし)

第一位(だいいちぐらい)

雑誌(ざっし)

気配(けはい)

経済(けいざい)

入門(にゅうもん)

始まりました(はじまりました)

源氏(げんじ)

物語(ものがたり)

憲法(けんぽう)

分野(ぶんや)

店先(みせさき)

並んで(ならんで)

企業(きぎょう)

効果(こうか)

使った(つかった)

関係(かんけい)

大学(だいがく)

案内(あんない)

活字(かつじ)

簡潔(かんけつ)

世界(せかい)

各地(かくち)

Friday, September 14, 2007

青と緑

交通信号の色を日本人は普通赤・黄・青と言います。これを聞いた外国人とは、日本人が緑を青と言うことを不思議に思うそうです。国語辞典の「青信号」のところには、ちゃんと「緑色の信号」と書いてあります。この理由は何なのでしょうか。日本人には緑と青が同じ色に見えるのでしょうか。

では、日本語でどんあものを青と言うか、調べてみましょう。青い空、青い海、青い山、赤葉、赤菜、赤い顔・・・。赤いものから緑色のものまで、いろいろあります。学者の研究によると、古い日本語には色を表す言葉が赤、青、白、黒の四つしかなかったそうです。緑という言葉はもともとは色の名前ではなく、水や芽などに関係のある言葉で、芽が出てすぐの若く、生き生きして、水気の多いことを表します。それで、日本語では女の人のきれいな髪のことを「緑の黒髪」と言ったり、生まれたばかりの子供のことを「みどりご」と言ったりするのです。

また、「青」には色だけでなく、若さや新鮮さという意味もあります。例えば「青二才」は若くて経験不足の男性を、「青春時代」は十代後半から二十代にかけての夢と希望にあふれる時代を指します。

Wednesday, September 12, 2007

日本間

昔、日本へ来た西洋人は、日本の家を見て、本と紙の家だと言いました。伝統的な家はもう少なくなり、最近、都会では西洋風の家が多くなりましたが、そいう家にも畳の部屋はまだ残っています。畳の部屋を和室(日本間)といいます。日本では部屋の広さを畳の数で表します。例えば、畳が6枚しいてある部屋は6畳間といいます。

伝統的な日本の家は壁ではなく、障子や襖という引き戸で部屋を分けます。襖は絵が書いてある少し厚い紙をはったものです。障子が薄い紙がはってあるもので、外から入ってくる強い光をやわらかくします。日本の部屋は便利です。襖や障子は簡単に外れます。お客が多い時は、襖を外して一つの広い部屋にして使います。

和室にはたいてい床の間があります。床の間が畳から少し高くなったところで、掛け軸がかけてあったり、生け花が生けてあったりします。掛け軸には絵や字がかいてあります。また、床の間には壷が置いてることもあります。

今の日本間の様式は鎌倉時代から江戸時代にかけて生まれたものです。

Saturday, August 18, 2007

すし

日本の代表的なたべものに刺身やすしがあります。これは日本へ来る外国人が一度は食べてみたいと思う料理の一つです。しかし、生の魚がきらいで、刺身やすしが食べられない人もいます。

握りずしはすし酢を混ぜて握ったご飯の上に、新鮮な魚や貝などの刺身をのせたもので、簡単に作れそうですが、一人前のすし職人になるには10年近くかかるそうです。
すしはもともとそれぞれの地方の産物を使って作ってもので、いろいろな種類があります。例えば、いなりずしは豆腐から作った油揚げをあまく煮ておいて、そん中に酢で味をつけたご飯をつめたものです。そのほかに、ご飯の中にいろいろな具を混ぜた五目ずしや、キュウリやたまご焼きなどをしんにして海苔でご飯を巻いた巻きずしもあります。アボカドで作ったカリフォルニア巻きはアメリカで生まれたものです。

家庭でも手作りの味を楽しんだり、来客があった時などには、すしの出前を頼んだりします。すしは冠婚葬祭などの行事にかかせないごちそうです。また、旅行に行って、その地方のすしを味わうのも楽しいことです。最近では、デパートでも各地のいろいろなすしを買うことが出来るようになりました。こうしたことからも、日本人がすしが好きなことがよく分かります。

Monday, July 30, 2007

マンガ文化

電車の中で楽しそうにマンガを読んでいる人、町で見かけるマンガ喫茶、そして読んでしまったマンガをリサイクルする古本屋など、マンガは現代の若者文化の一つと言ってもよさそうです。

現在マンガは日本の出版物の約30パーセントを占めているそうです。発行部数の一番多い一般の週刊誌は約75万部で、マンガ週刊誌の発行部数の第一位はその4倍をこえるそうです。さらに海外でも日本のマンガ雑誌はのびていきそうな気配です。

現在のマンガ・ブームは1990年に出た「マンガ日本経済入門」から始まりました。今では、源氏物語や日本国憲法などいろいろな分野の本がマンガになって、本屋の店先に並んでいます。

企業でもイメージアップやPR効果をねらって、マンガを使ったパンフレットを出しています。また、マンガとは関係のなさそうな大学でも、今では大学案内にマンガを取り入れるところが多くなってきました。

「マンガばかりみるな。もっと活字を読め」という若者の活字ばなれを心配する声もありますが、マンガ人気はまだまだおさまりそうにありません。マンガの持つ見やすさ、簡潔さ、そしてわかりやすさは、日本だけでなく、世界各地でも新たな読者層をつかんでいきそうです。

Sunday, July 8, 2007

志のままに


赤ん坊の時の大やけどで清作の左手指は全部くついていた。清作はハンディと戦いながら、一生懸命に勉強した。学校の先生も友達も清作の姿に感心し、なんとか力になりたいと思い、清作の左手をなおすため、手術に必要なお金を出し合った。

手術は成功し、指先はなくなったが、指は自由に動いた。清作は感激した。自分も医者になって体の不自由な人や病気で苦しんでいる人を助けようと決意する。この清作が後の世界的に有名な医学者、野口英世である。

野口英世は、世界中をまわっていろいろな病気の原因とその治療法の研究をした。特に梅毒と中南米流行していた黄熱病の研究に力を入れた。英世の作った薬は多くの人々の命を救った。

ところが、アフリカの黄熱病にはこの薬はきかなかった。英世は苦しんでいる人をそのままにしたくなかった。もう50歳を過ぎていた英世は、アフリカの人々がほしがっている新しい薬を作るつもりで、アフリカに渡った。しかし、自分も黄熱病にかかってしまい、51歳で亡くなった。最後まで少年時代の志のままに生きた英世だった。